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中世ヨーロッパ史に関する個人的覚書
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半年に渡って続いたグリム講座もついに終わりました。
今回、中世ドイツ民俗学の勉強の一環として参加した中央大学の公開講座でしたが、色々な点で収穫を得ることができました。
また、講師の天沼先生にいただいた参考資料の数々は考察を深めるのに非常に役に立ち、これなくして勉強の継続は難しかったでしょう。
ここで御礼申し上げた上で、グリムに関して私が立てた推論を述べさせていただき、グリム講座に関するエントリを一旦終わらせようと思います。
さて、グリムです。
何度も繰り返してきたことですが、総合的に見て、グリム童話には明らかに不自然な描写やアイテムが頻繁に登場します。
そして、その「明らかに不自然な描写・アイテム」を見ると、ひとつの共通点があると私は思うのです。
完全に精査したわけではないので断定的なことは言えませんが、それは私が見た印象では「キリスト教との距離感」として現れています。
例えば、グリムはキリストに関連する数字「7」や「12」、他にも「神さまのお恵みによって」などの描写を好んで使い、それは作中にいたるところに見られますが、しかし、いざ「不自然な描写・アイテム」が出てくるとなると、途端にキリスト教の影が消え失せるのです。
ねずの木の話でも、「鬱と鬱からの回復」に関して、キリスト教はまったく関係ありませんし、もしもここにキリスト教を意識するのであれば、「神様のお恵みによって元気が出た」と言ったほうが、より自然だと思います。
赤ずきん、七匹の子ヤギにいたっては、既に述べた通り「銃や柱時計=近代文明(=キリスト教を暗示?詳細は赤ずきんのエントリを参照)」によって狼の脅威を排除したにもかかわらず、しかし「水と石」によって狼に裁きを下しています。これは、中世におけるキリスト教の立場で見たら、キリスト教どころか、むしろ異端信仰に近い行いと言えます。
講義の中ではグリムの属していたロマン派について言及されました。
ロマン派、日本語で短くまとめるのは難しいですが、講義に則るのであれば「懐古的理想主義」とでも言いましょうか、要するにナポレオンに蹂躙されたドイツを立て直す中で、古き良きゲルマン文化を保存しようという動きがあり、グリム童話はその一環として書かれたのです。
その観点から見ても、「水や石」の中に古代ゲルマン信仰が隠されていることは疑いようのないところで、むしろこうなると「7」や「12」、「神さまのお恵み」などのキリスト教的要素が混入するほうが不自然な気さえしてきます。
しかし、グリムはキリスト教を強く意識してグリム童話を書きました。特に、私がこだわるディティール部分ではなく、アウトラインにおいて非常に多くキリスト教を連想させる要素が見受けられます。
率直に言って、「古き良きゲルマン文化を保存する」のであれば、キリスト教の描写は省いたほうが良いでのはないかとさえ感じます。
では、なぜグリムはこのような異文化混合の童話を書いたのでしょうか。
ここでひとつ別の資料を持ち出させていただきますが、グリムが活動していた少し後、ドイツでは面白い議論が巻き起こっていたそうです。
菊池良生氏の「神聖ローマ帝国」より抜粋します。
フリードリッヒ一世および二世の治世が終わり、シュタウフェン朝が終焉する前後のくだりです。
――引用ここから――
そしてドイツには「聖界諸侯との協約」、「諸侯の利益のための協定」だけが残った。そのためドイツは唯一の最高権力者である皇帝により治められる帝国ではなく、諸侯が治める数多の領邦国家が構成する連邦国家と化したのである。
これを見て十九世紀後半、ドイツ史学会で「皇帝政策論争」が巻き起こる。ドイツ分裂の遠因は皇帝のイタリア政策にありと批判する史家と、それを弁護する史家との間の論争である。
――引用ここまで――
ここでいう「皇帝」とはフリードリッヒ一世および二世(あるいはそれ以前の皇帝も含むかも知れません)のことです。
では、フリードリッヒ一世および二世がなにをしたのかと言うと、簡単に言うと、事実上の皇帝任命権を持つローマ教皇に戦いを挑み、その権限を剥奪しようとしました。
要するに、ドイツ(神聖ローマ帝国)が分裂したのはフリードリッヒ一世および二世がローマ教皇に喧嘩を売りまくったのが原因であると。つまり、「皇帝がゲルマン統治で満足して、教会にちょっかい出さなければ、ドイツは分裂しなかった」という論争です。
言い方を変えると、「ゲルマン王とキリスト教が喧嘩しなければ、ドイツはもっと速く統一できてたのでは。ナポレオンも追い返せたのでは」と読み取ることができます。
(もっとも、私はこの論には否定的です。なぜなら、当時の神聖ローマ帝国ではあらゆる諸侯が「誰かひとりが強くなりすぎる」状況を極端に恐れ、出る杭を総出で打ちまくっていたからです。出る杭(皇帝)を打つために昨日の敵(ローマ教皇)と手を結ぶのが当たり前で、皇帝がいたずらにローマ教皇との戦いを長引かせたのには、このような諸侯の思惑や暗躍が原因であったのは事実です。強いて言うなら、ドイツ分裂の遠因は、当時の諸侯全員が「俺以外が強くなりすぎるのは気に入らねえ」と思って足を引っ張り合っていたことだと思います)
グリムに話を戻します。
この論争が起きた頃にはグリム兄弟は晩年を迎えているわけですが(あるいはこの論争を見ることなくこの世を去ったかも知れません)、十九世紀後半に起きたというこの論争の根底にあるものと、グリム童話とが、ひとつの糸で結ばれるのがわかると思います。
そろそろ結論を言います。
ナポレオンが冬将軍に敗れて引き上げたあと、蹂躙され荒廃したドイツの土地で、グリムはなにを思ったでしょうか。童話を書く際に、子供になにを伝えたいと願ったのでしょうか。結果から見ると、やはり「ゲルマン文化とキリスト教の協調」だったと思います。
「子供に読ませる読み物」として依頼を受けた際に、赤ずきんだけでなく、ほとんどすべての物語において「二度とゲルマン文化とキリスト教を対立させるまい」という意図が篭っていたのではないかと推測します。
ゲルマン文化保存運動の中心ともいえるロマン派に属していながら、アウトラインにはキリスト教の影響を色濃く残している点。
本人たちもプロテスタント派であり、キリスト教の影響を強く滲ませていながらも、決定的な部分ではゲルマン文化が顔を覗かせる点。
当時のドイツでなにがあったのか、それよりも更に大昔のドイツでなにがあったのかを見ていくと、これらの矛盾は矛盾ではなく、融合と協調の産物であることが浮かび上がってくるのです。
そして、まさにグリムを筆頭とするロマン派の論者たちのこのような主張が、後の皇帝政策論争へと発展していったのではないかと推測します。
私としては、このあたりに「グリム童話200年の秘密」が眠っているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
今回、中世ドイツ民俗学の勉強の一環として参加した中央大学の公開講座でしたが、色々な点で収穫を得ることができました。
また、講師の天沼先生にいただいた参考資料の数々は考察を深めるのに非常に役に立ち、これなくして勉強の継続は難しかったでしょう。
ここで御礼申し上げた上で、グリムに関して私が立てた推論を述べさせていただき、グリム講座に関するエントリを一旦終わらせようと思います。
さて、グリムです。
何度も繰り返してきたことですが、総合的に見て、グリム童話には明らかに不自然な描写やアイテムが頻繁に登場します。
そして、その「明らかに不自然な描写・アイテム」を見ると、ひとつの共通点があると私は思うのです。
完全に精査したわけではないので断定的なことは言えませんが、それは私が見た印象では「キリスト教との距離感」として現れています。
例えば、グリムはキリストに関連する数字「7」や「12」、他にも「神さまのお恵みによって」などの描写を好んで使い、それは作中にいたるところに見られますが、しかし、いざ「不自然な描写・アイテム」が出てくるとなると、途端にキリスト教の影が消え失せるのです。
ねずの木の話でも、「鬱と鬱からの回復」に関して、キリスト教はまったく関係ありませんし、もしもここにキリスト教を意識するのであれば、「神様のお恵みによって元気が出た」と言ったほうが、より自然だと思います。
赤ずきん、七匹の子ヤギにいたっては、既に述べた通り「銃や柱時計=近代文明(=キリスト教を暗示?詳細は赤ずきんのエントリを参照)」によって狼の脅威を排除したにもかかわらず、しかし「水と石」によって狼に裁きを下しています。これは、中世におけるキリスト教の立場で見たら、キリスト教どころか、むしろ異端信仰に近い行いと言えます。
講義の中ではグリムの属していたロマン派について言及されました。
ロマン派、日本語で短くまとめるのは難しいですが、講義に則るのであれば「懐古的理想主義」とでも言いましょうか、要するにナポレオンに蹂躙されたドイツを立て直す中で、古き良きゲルマン文化を保存しようという動きがあり、グリム童話はその一環として書かれたのです。
その観点から見ても、「水や石」の中に古代ゲルマン信仰が隠されていることは疑いようのないところで、むしろこうなると「7」や「12」、「神さまのお恵み」などのキリスト教的要素が混入するほうが不自然な気さえしてきます。
しかし、グリムはキリスト教を強く意識してグリム童話を書きました。特に、私がこだわるディティール部分ではなく、アウトラインにおいて非常に多くキリスト教を連想させる要素が見受けられます。
率直に言って、「古き良きゲルマン文化を保存する」のであれば、キリスト教の描写は省いたほうが良いでのはないかとさえ感じます。
では、なぜグリムはこのような異文化混合の童話を書いたのでしょうか。
ここでひとつ別の資料を持ち出させていただきますが、グリムが活動していた少し後、ドイツでは面白い議論が巻き起こっていたそうです。
菊池良生氏の「神聖ローマ帝国」より抜粋します。
フリードリッヒ一世および二世の治世が終わり、シュタウフェン朝が終焉する前後のくだりです。
――引用ここから――
そしてドイツには「聖界諸侯との協約」、「諸侯の利益のための協定」だけが残った。そのためドイツは唯一の最高権力者である皇帝により治められる帝国ではなく、諸侯が治める数多の領邦国家が構成する連邦国家と化したのである。
これを見て十九世紀後半、ドイツ史学会で「皇帝政策論争」が巻き起こる。ドイツ分裂の遠因は皇帝のイタリア政策にありと批判する史家と、それを弁護する史家との間の論争である。
――引用ここまで――
ここでいう「皇帝」とはフリードリッヒ一世および二世(あるいはそれ以前の皇帝も含むかも知れません)のことです。
では、フリードリッヒ一世および二世がなにをしたのかと言うと、簡単に言うと、事実上の皇帝任命権を持つローマ教皇に戦いを挑み、その権限を剥奪しようとしました。
要するに、ドイツ(神聖ローマ帝国)が分裂したのはフリードリッヒ一世および二世がローマ教皇に喧嘩を売りまくったのが原因であると。つまり、「皇帝がゲルマン統治で満足して、教会にちょっかい出さなければ、ドイツは分裂しなかった」という論争です。
言い方を変えると、「ゲルマン王とキリスト教が喧嘩しなければ、ドイツはもっと速く統一できてたのでは。ナポレオンも追い返せたのでは」と読み取ることができます。
(もっとも、私はこの論には否定的です。なぜなら、当時の神聖ローマ帝国ではあらゆる諸侯が「誰かひとりが強くなりすぎる」状況を極端に恐れ、出る杭を総出で打ちまくっていたからです。出る杭(皇帝)を打つために昨日の敵(ローマ教皇)と手を結ぶのが当たり前で、皇帝がいたずらにローマ教皇との戦いを長引かせたのには、このような諸侯の思惑や暗躍が原因であったのは事実です。強いて言うなら、ドイツ分裂の遠因は、当時の諸侯全員が「俺以外が強くなりすぎるのは気に入らねえ」と思って足を引っ張り合っていたことだと思います)
グリムに話を戻します。
この論争が起きた頃にはグリム兄弟は晩年を迎えているわけですが(あるいはこの論争を見ることなくこの世を去ったかも知れません)、十九世紀後半に起きたというこの論争の根底にあるものと、グリム童話とが、ひとつの糸で結ばれるのがわかると思います。
そろそろ結論を言います。
ナポレオンが冬将軍に敗れて引き上げたあと、蹂躙され荒廃したドイツの土地で、グリムはなにを思ったでしょうか。童話を書く際に、子供になにを伝えたいと願ったのでしょうか。結果から見ると、やはり「ゲルマン文化とキリスト教の協調」だったと思います。
「子供に読ませる読み物」として依頼を受けた際に、赤ずきんだけでなく、ほとんどすべての物語において「二度とゲルマン文化とキリスト教を対立させるまい」という意図が篭っていたのではないかと推測します。
ゲルマン文化保存運動の中心ともいえるロマン派に属していながら、アウトラインにはキリスト教の影響を色濃く残している点。
本人たちもプロテスタント派であり、キリスト教の影響を強く滲ませていながらも、決定的な部分ではゲルマン文化が顔を覗かせる点。
当時のドイツでなにがあったのか、それよりも更に大昔のドイツでなにがあったのかを見ていくと、これらの矛盾は矛盾ではなく、融合と協調の産物であることが浮かび上がってくるのです。
そして、まさにグリムを筆頭とするロマン派の論者たちのこのような主張が、後の皇帝政策論争へと発展していったのではないかと推測します。
私としては、このあたりに「グリム童話200年の秘密」が眠っているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
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プロフィール
HN:
凪茶(ニャギ茶)
性別:
男性
職業:
くたばり損ないの猫
趣味:
ドイツとイギリス
自己紹介:
ドイツ・イギリスを中心に中世ヨーロッパの生活習慣、民俗学などを勉強しています。
最近はブリュ物語の翻訳ばかりやってます。
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